小林正観ありがとう(批判へ)の一考察 その2

小林正観ありがとう(批判へ)の一考察 その1http://kobayasiseikansan.seesaa.net/article/257196552.html

に続いて、
小林正観ありがとう(批判へ)の一考察 その2

では
実践してみた時
(行じてみたら・・・)
起こる可能性のある現象は?


これも
自分の体験からも
色々と
考えたことがあるのです。

その中の一つ。

【ココロが伴い始める】
あるいは
【ココロが伴ってしまう】



実際
『ありがとう』
の気持ちが
高まった
と言うご意見も多い。

実際の現象、
感想

今回はあまり触れずに、
一つの考察。

お釈迦様のお話を使って、
本当っぽく
してみます。

ナンツッテ。



釈迦は、
手を

『パンっ!』


叩いた間を
65刹那と
行ったそうです。

0.2~0.3秒ぐらいでしょうか?

65の瞬間があるわけです。

人は
実は瞬間、瞬間に
一つのことしか
考えられないそうです。

あれこれ考えているようでも、
次々と
切り替えている。

小林正観ありがとう

ここには
4個ですが、
これが65個,
あるいは
一生の間、
無限にも思える個数が
並んでいると
考えて見てください。

刹那刹那(瞬間、瞬間)

考えていることが
一つのカップに
入ります。

『ありがとう』

行った瞬間、

そこには
『ありがとう』
の概念
気持ちが入ります。


人は
ゆらいでしまう存在ですから、

『ありがとう』
『ありがとう言ってどうなるんだ?』
『何してんの?』
『こんなことしてる私はバカみたい』
『何してんの?』
『ありがとう』
『ありがとう言ってどうなるんだ?』
『ありがとう言ってどうなるんだ?』
『何してんの?』
『今日はつかれた』
『あの野郎頭来る』
『ありがとう言ってどうなるんだ?』
『ありがとう』

みたいに
刹那刹那に
色々な
考えが
浮かんでは、消え、
浮かんでは、消え・・・

しかし
『ありがとう』
といっている

【その刹那】

【ココロが伴い始める】
あるいは
【ココロが伴ってしまう】


起きては
いないでしょうか?

相変わらずの
浅い考えではありますが、

【小林正観ありがとう】

実践してみて
考えたことの
一端ででした。

いつもありがとうございます。

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